
| ネパールの未踏峰シリーズ |
| 東ネパール、チベット国境 |
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(海外委員会:大西 保) |
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A)未踏峰:ティンジュング・リ峰 6196m ガウリシャンカール峰を代表するロールワリン山群と世界最高峰・サガルマータのあるクーンブ山群との間、古くからチベットと交易と人的交流に関係の深いナンパ・ラ峠(5695m)への谷、ボーテ・コシ(川)を遡上、チューレー・カルカの西、チベット(現中国西蔵自治国)国境にある独立峰。 Ding Jung Ri 6196m N27 58 27 E86 31 22
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B) ディンジュング・リ峰、東稜上に出る。 関西学院大山岳部学術登山隊2007(中島健郎隊長)らは春休みを利用して、(2/18)大阪出発、ターメ村で順応後の豪雪のBCに(3/5)着、(3/7)から登山活動、C1(5680m)を設け、翌日5900mまでルート工作を完了す。 (3/12)(3/18)と二度に亘りアタックするも実力不足で6132mが最高到達点であった。
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C)未踏峰:クビ・カンリ登山隊(隊長:和田豊司) 計画 同志社大山岳部、甲南大など学生現役を主体に8月上旬ネパール・ランタン谷で順応活動後、陸路、ツァンポ(プラフマプトラ河)源流のクビ・ツァンポへ入谷して、この付近の最高峰東面からの初登頂に挑む。 Kubi Kang Ri 6721m, N30 08 08 E82 11 58, (Nepal name) Lachama Chuli, Changla, Karnari. |
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| ◆第2回 |
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Nangamari (6547m).South Face ナンガマリ峰南壁(6,547m) N27 54 40 E87 52 09の三角錐の山は東ネパールのタムール河上流、ヤンマ村の真北のチベットとネパールの国境上にある。この谷の右に入れば、秀峰のオンミカンリ (6839m) N27 54 47 E87 57 59がある1982年春 東京都庁山岳部が中央峰に登った。1962年春に大阪府立大(中尾佐助隊長)が登ったヌプチューの北壁がある。翌年同大と都立大合同隊は谷の左に聳える解禁峰、シャオ・カン6071mもヤンマ村から目の前に見える。 |
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パブク谷のヤンメカン峰 Yanme Kang 6206m N27 56 44 E87 51 00の東隣りに聳えるこの山には名前がない。 1963年この谷に入った東京農大の菰田快さんはホワィト・ドーム峰6500mと概念図の報告を書いた山である。White Dome 6475m N27 56 17 E87 51 42 勿論、未踏峰で始めて公開された山である。 |
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2005年の秋、大阪山の会登山隊はカンチェンジュンガ・エリアのチベット国境、オンミカンリ峰(6839m)11Km西北西のギャン・ラ(Lumo Gorak La5748m:この峠は主にヤンマ村の人達がチベットとの交易で越える)の東隣りのパブク・カン6244m (Pabuk Kang)をめざしたが降雪ため敗退した。このピークは2003年春に新しくオープンされた山で、この峰は今までに誰からも紹介されていない峰であろう。(写真上) |
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この無名峰6047mは1963年、大阪府立大隊のシャルプー1峰6433m(当時は7000m峰と言われていた)に登頂後、数名がヤンマ谷の中ほどを探った。同年に東農大隊、トゥインズ隊の菰田さんがこの無名峰を撮ってJAC年報「山岳第59年」に写真を載せてパブク谷のハイェストとしたが、実際はこの6047m無名峰の真裏に氷河があってに解禁峰のパブク・カン6244m があった。(写真中) |
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東農大隊の向後元彦さんは1962年夏から冬にかけて、‘63年春のトゥインズ峰7350m登山の前にマカルーからカンチへの横断をして未知な国境周辺を最初に辿った。 このボクト峰6114m (Boktoh or Bokta 6114m)は2002年秋NMAのトレッキングパーミットで登れる山としてオープンされ北壁は未踏である。(写真下) |
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